はるもにの記録

うつ病サバイバー / 日々の記録

水産加工業の商品開発担当者が教えるいくらの選び方

12月に入り、そろそろ年末モード。
年末年始のごちそうで、いくらを買う方も増える時期かなと思います。

また、ふるさと納税の締めの時期でもあるので、慌てる人もいるかもしれません。

 

いくらは高級だから失敗したくないけど、ネットショップだととにかく商品がいろいろあってわかりづらいですよね。

 

私は粒が大きく、ぷちっと口で弾けるいくらが好きです。
実はこれ、製造メーカーや製造方法うんぬんではなく、まず鮭の種類で全然違うんです。

 

水産関係の会社で商品開発を5年経験し、食品表示検定で中級を持っている私が、いくらを選ぶ上で何が大事かをまとめました。

 

 

それって「いくら」?


そもそも、「いくら」とは、ロシア語の「魚卵」から来ており、日本語では鮭と鱒(マス)の卵はどちらも「いくら」と呼ぶことができます。

 

ただし、鮭とマスの卵は結構違います。

鱒は一般的に、粒が小さく皮が弱め。

いくら」なのか「いくら」なのかをまず確認しましょう。

粒が大きくプチっとするいくらが好きなら、いくらを選びましょう。

 

ちなみに、商品説明で「鮭いくら」と書いてある場合は鮭です。

鱒いくらは「いくら」と謳うことはできますが、「鮭いくら」と謳うことは食品表示上できません。

 

ネットショップを見ていると、商品説明だけではわかりづらいこともあります。そのようなときは、原材料表示を見るとより確実です。

 

鮭の場合、原材料名は「鮭卵」と書いてあることが多いです。
一方、鱒の場合は「鱒の卵」「鱒卵」「カラフトマスの卵」 等と書いてあります。

 

ただ、実は「鮭か鱒」かという判断基準と同じくらい、鮭の種類(鮭の中でもそれが何鮭なのか)も重要です。

 

 

それは何鮭のいくら?

焼き鮭を食べる時、それが何鮭なのかというのをあまり気にしない人の方が多いかもしれません。

 

でも実は、鮭によって焼き鮭もいくらも全然違うんです。

いくらに関して言うと、よく売られているのが

・秋鮭、白鮭(同じ種類だけど時期により呼び名が異なる)

・紅鮭

・銀鮭

あたりだと思います。

ここで選ぶべきは秋鮭です!

(ちなみに、焼き鮭であれば私は銀鮭→紅鮭→秋鮭の順で好きです。銀鮭は脂が乗っていて、箸ですぱっと割れる感じで、秋鮭は少しぼそっと繊維が立つ感じです。)

 

我々がイメージする大粒で、口でぷちっと弾けるいくらは秋鮭のものです。

紅鮭や銀鮭は、鱒いくらより粒が小さいです。

 

 

紅鮭・銀鮭はコクが鱒いくらよりある商品が多い気がしますが、製造メーカーによっては「ぷちぷち飲めるいくら」という感じで、トロッとした液にいくらがたくさん浮いているイメージだと思います。

 

プチっとした粒の大きいいくらが食べたい人は、「秋鮭」もしくは「白鮭」を選ぶとよいです。(カタカナで「チャム」と書かれているのも秋鮭・白鮭と同じ品種を指します。)

 

 

いかがでしたでしょうか?

一言で「いくら」と言っても、様々な種類があることをお分かりいただけたと思います。

 

かなりの商品が並ぶネットショップでも、秋鮭・白鮭を選ぶことである程度商品数を絞ることができます。

 

正直メーカーによって味や品質は異なるので全ての秋鮭・白鮭の商品が美味しいということはできないですが、商品が届いて「思っていたのと違った!」というがっかりは減るでしょう。

 

こちらは先日注文し、実際に美味しかったいくらです。

粒が大きく、プチっと弾けてコスパもよかったです。

どのメーカーのものを買ったらいいかわからない!と迷う場合は、ぜひお試しください。

 

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Official髭男dism「Sanitizer」の歌詞解釈&考察!

Official髭男dismが12/1に新しいシングル、「Sanitizer」をリリースしました。

 

www.youtube.com

 

この曲はうつ病や、心の病に苦しむ人の心の中を歌った曲なのではないかと思います。

 

私はうつ病サバイバー(うつ病を乗り越え回復した人のこと)で、この曲を聴いた時に涙が止まりませんでした。

うつ病を経験したからこそ見える視点で、この曲の考察・解釈を書いていこうと思います。

 

 

全体の考察

心の病、そしてそれを抱える自分と戦っている男性が主人公。

心の中の葛藤を、彼女には見せられないからエタノール(消毒用アルコール)で表面だけでも綺麗にしたいというところからスタートします。

自分のことが嫌いで仕方がないけれど、彼女にこの心の穴を埋めてもらうのではいけないという気持ち、そして自分で自分のことを守ってあげたり、誇れる自分になることで、彼女にふさわしい自分になれるんだという気持ちを固めていきます。

 

エタノールを使う対象が、曲を通して変化していきます。
序盤では、心の中の暗い気持ちを隠したくて、自分の気持ちにエタノールを使います。

最後には「自分で自分を守ってこそ、君を愛せるんだ」という熱い決意を固め、それだと暑苦しいので、その気持ちの表面だけをエタノールで拭く、という流れになっています。

 

 

歌詞の背景

ここからは、細かく歌詞に込められた意図の解釈を書いていこうと思います。

 

エタノールに浸して 差し出したいろんな潤い
荒れた肌に沁みて痛い 胸の奥は知られたくない

胸の中ではいろんな感情が混ざっているけど、その感情を隠したくて、エタノールで綺麗にしてから君に見せたい。
隠す行為自体も、自分が傷つく感じがする。

 

 

でもここは せめてこの時間だけは湿度と暖かさに満ちたい
弱音はいつまでも吐きたい 吐きたがる僕が僕は嫌い

心は冬の乾燥した寂しい感じだけど、君といる時間だけはそうしたくない。
でも会ってる時も、僕は自分の中の自分と戦っている。

 

 

君の優しさに甘えて 大丈夫って言葉貰って
貰ったくせにすぐに落として あれこれ求める痛み止め

「大丈夫」って言葉は嬉しい。
でも気分のアップダウンもあって、その大切な「大丈夫」も無意味に感じる時もあって、他に何か心を支えてくるものを無意味に探し続けてしまう。

 

 

逆剥けを繰り返す指先 抑えつけても暴れる期待
心にへばりつく病原菌 君にうつしませんように

自分のネガティブな気持ちはコントロールできない。
楽しいことなんてないと、常にマイナス思考に引っ張ってくる何か(病原菌)がずっと付きまとう。こんな暗い僕が横にいて、君の気持ちまで暗くしてしまうことは許されない。

 

 

Oh babyこの渇きだけは ここにある穴だけは
君に満たしてもらっちゃいけない気がするんだ
もう平気なフリすらしない 全てを洗い流した上で
格好つけて 真っ当に生きていたい
I'm baby 自分という人を自分で守る事が
君を愛すという事の第一歩

この心の病を治すために、君に頼り切っててはダメだ。
大丈夫なふりではなく、ちゃんと自分の足で立ちたい。
自分と戦ってばかりいるけど、自分は敵でなく守るべき存在であり、それができてから君を愛することができるはず。

 

 

もう元に戻らない アザのできた体のまま
折れ目のついたハートのまま 僕という人のありのまま

心の病は完全には消えない。それも含めて、僕なのだと思う。

 

君の優しさに甘えて 大丈夫って言葉貰って
貰ったくせに信じず捨てて 当たって何度も傷つけて
気づけば繋がれてた点滴 不甲斐ない僕を責める免疫
それでも増えていく病原菌 君に謝りたかったのに

君のくれる「大丈夫」はありがたいのに、それを信じられなかったり、当たってしまったり…
本当はそんなつもりではなかったのに。また自分が嫌になるし、さらに苦しくなってしまった。

 

Oh baby この痛みだけは ここにある「嫌い」だけは
何に頼って治したとしたって意味がないんだ
能天気な未来はいらない たとえ苦しみにまみれたって
僕は僕に僕だけで勝ってみたい
I'm baby 自分という人を自分で誇る事が
君を愛すという事に不可欠だった

「自分を嫌い」という感情は克服しなければならない。
誰かにすがりついたり、この気持ちに蓋をしたりするのではなく、自分の努力で克服したい。
自分を誇ることができるようになったら、君を愛すことができる。

 

 

軟弱な自分を呪った 君はそれを笑った また救われてしまった
逆剥けやヒビ割れだらけの手 シミや折れ目だらけのハートで
それでも笑みを浮かべるその目
僕は僕にとっての君に 君にふさわしい僕に ちゃんとなりたかったんだ

頼ってばかりではダメだと思うけど、君はいつも近くで助けてくれる。
この僕ではなく、ちゃんと君にふさわしい僕になりたい。

 

Oh babyこの渇きだけは ここにある穴だけは
君に満たしてもらっちゃいけない気がするんだ
もう平気なフリすらしない 全てを洗い流した上で
格好つけて 真っ当に生きていたい

Oh babyこの痛みがまた ここにある「嫌い」がまた
僕の心を突き刺し蝕んだとしたって
もうどんな劇薬もいらない 不安にうなされながらも
僕は信じている 僕を信じている
I'm baby 自分という人を自分で守る事が
君を愛すという事の第一歩

この心の穴は、君に埋めてもらうのではなく自分で埋めたい。
「自分を嫌い」という感情はきっとまた僕を苦しめるけど、もう自分自身を信じる心の準備はできた。自分で自分のことを守るんだ。

 

 

そんな暑苦しい想いをせめて表だけでも
拭いて綺麗にしてから会いに行くよ

この決意は君に見せる必要はない。
暑苦しいだろうから、エタノールで綺麗にしてから君に会いに行くよ。

 

 

うつ病で苦しんでいるどん底にいた自分、そして少しずつ回復してきた自分とかなり重なりました。

最初にこの曲を聴いたときは、「苦しんでいるときにぜひ聴きたかった」と思いましたが、回復してきた今だからこそ、自分の通ってきた道と重ねて、深く心からこの曲を感じることができるのかなと思いました。

 

敵だと思っている自分のことを守ったり誇ったりできるようになるには、かなりの努力や時間がかかります。

 

今苦しみの中にいる人に、この曲がぜひ届くといいなと思うのと同時に、家族や大切な人、身近な人がうつ病で悩んでいるという人にも、ぜひ届くといいなと思います。

 

 

ベビーの首のにおいやただれ対策の備忘録

生後2ヶ月のベビーにミルクをあげていたある日。

 

え、なんかイカ臭い?

 

出所を探すとなんとベビーの首。

臭いし肌は赤いし何かモケモケのものが溜まってる…

 

皮脂なのか、もしくはミルクが溢れたのがたまってしまってたかなと思い、濡らしたガーゼで優しく拭くも効果なし。

 

お風呂当番の旦那によく洗ってと頼むも、お肉が増え洗いづらいのもあるのか、入浴2時間後の授乳でまたイカの匂い…

 

こんなにかわいい赤ちゃんなのに臭すぎて悲しい…

 

検索と試行錯誤を重ね、一番効果があったのは「清浄綿+オイル」でした。

 

清浄綿は家になかったのでAmazonで当時最安のこちらを注文。

日本のメーカーで、口コミも数が多く評価も高い。

 

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オイルは乳首に使っていた、カネソンのピアバーユを暫定で使っていましたが、しっかり首の赤みも引いてくれました。

カネソンは哺乳瓶や搾乳機等、様々なベビー用品を出しているメーカーなので、個人的にとても信頼しています。

 

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最初の3日は、お風呂の後と、入浴から12時間後の1日2回、清浄綿で首のモケモケを除去し清潔にした後、オイルを優しく塗りました。

その後5日間は落ち着いてきたので、入浴後はオイルのみ塗り、入浴から半日後に一度清浄綿+オイルという流れを5日間やりました。

 

もともと全身はミルクタイプの保湿剤を使っていましたが、これを首のシワの中に塗るとモチャモチャ溜まったままになってしまい、首だけはオイルにするのが最適でした。

 

このケアを始めて以降、首が赤くなることはなくなりました。

首が座ってからはモケモケが溜まりにくくなるので、それまでがピークかなと思います。

 

同じ症状でお悩みの方の参考になれば幸いです。

 

子どもを持つことにメリットがあるのか?

こんにちは。はるもにです。

 

「結婚はしたいけど子どもはいらない」と思っていた私。

 

当時の彼氏(現旦那)から「結婚するなら子どもがほしい」と言われ、当時は納得いくメリットを検索し続けましたが、答えは見つかりませんでした。

 

ただその彼氏と離れる方が考えられず、結婚と妊活をし、現在は一児のママをしています。

 

そんな私が、当時の私の「子どもを持つことにメリットがあるのか?」という問いに答えたいと思います。

 

子どもを作るか悩んでいる方の参考になれば幸いです。

 

 

幸せの種類が違う


まず、私はあえて「メリット」という言葉をタイトルに使っていますが、そういう次元の話ではないと産んでから気づきました。

 

産む前は損得や利害で等で行動や選択肢を決めていきますが、子どもから得られる幸せはもう少し本能というか生物的な幸せなのです。

 

もう少し噛み砕くと、産む前に感じていた幸せは、今思うと「社会的な幸せ」で、産んでから感じる幸せは「生物的な幸せ」だなと思います。

 

社会人として仕事で成功するとか、稼いだお金で余暇を贅沢に過ごすというのが、それまで私が「幸せ」と感じていたのは「社会的な幸せ」に分類されるかなと思います。

 

仕事で頼りにされたり、褒めてもらうのも嬉しかったし、上がったお給料で海外旅行に行ったり、週末に贅沢なパフェを食べに行ったりするのが、個人的に大きな幸せでした。

 

一方、生まれてからは、正直そういうものへの興味が薄くなりました。同じお店にパフェを食べに行っても、あまり興奮しないのです。

 

それよりも、差し出した指を小さな娘が掴んでくれたり、それまでまだほとんど笑うことのなかった娘が、成長して私を見て笑いながら手を伸ばしてくれるようになったりすると、強い幸せを感じるのです。あくまで表現ですが、「脳汁が出る」タイプの幸せなのです。

 

子どもがいない時は、自分でも多分「幸せの種類が違う」と聞いてもピンとこないと思うので、何か似てるものがないかと考えてみました。個人的には人にプレゼントをした時に感じる幸せに似ているなと思います。

 

私の場合、自分のための買い物をするのと違い、人へのプレゼントを選ぶとき、値段はあまり気にならなくなります。何をあげたら喜ぶかなと、わくわくしながら選びます。

 

金銭の損得で考えると、プレゼントをあげる行為はお金が一方的に減るのでマイナスですが、プレゼントをあげるというのはそういうことではないですよね。なぜかこちらもわくわくするし、あげたら幸せな気持ちになる。個人的にはその温かい気持ちが近いなと思います。

 

その感覚がずっとずっと強く、長く続く感じです。

一定ではなく、例えば子どもが成長し何かできることが増えたりすると、また強く出る感覚があります。

 

メリット


正直、「メリット」は浮かびません。

より厳密にいうなら、「社会的メリット」と表現する方が適切かもしれません。

 

子育てをすることで、それまでと立場が変わるので視野が広がったというのはありますが、結婚前の私が知りたかった「メリット」というには物足りないと思います。

 

子育てをすることで、自分の時間はかなり減りましたし、妊娠・出産で身体はかなりダメージを受けた実感があります。悩みや心配事も増えます。もちろん出費も増えます。

 

でも不思議なことに、それを凌駕する生物的幸せがあるので、この生活の方が幸せと感じるのです。大変ではあるけど、その大変さが苦ではないのです。

 

 

結論

 

「メリットはないが、想像を超える幸せがある」というのが私の意見です。

産む前はわからなかったし想像もつきませんでしたが、産んで家族が増え、本当によかったと思います。

 

言語化したものの曖昧さが拭えないですが、少しでも参考になれば幸いです。